
「絵画鑑賞はそれ自体がインタラクティブな行為である。」 かつてヘルシンキで出会ったメディア・アーティストにこう言われたことがある。メディア・アートにおいて、通常インタラクティブな行為とは鑑賞者が何かしらの行動を起こし、作品が行動に対して反応することを指すが、絵画を鑑賞している行為を観察する限り、絵画は動かず鑑賞者は見ているだけにすぎない。特に目に見える変化があるわけではなくただ寡黙な時が過ぎていくだけである。離れて様子を見ている限りではインタラクティブな行為であるとは言い難い。しかしながら、実は一枚の絵画を手掛かりにして、鑑賞者の頭の中では意味の読取りと解釈が多様に行われている。例えば、ある絵画の中に空を飛んでいる鳥がいるとする。空中で羽を広げて静止したままの鳥は現実にはありえない。にもかかわらず多くの鑑賞者はその鳥を不自然と思うことなく理解し、その鳥がこれから飛んでいく先を想像する。もしその先に別の鳥が描かれていたら、その鳥は敵を攻撃しているのかもしれない、あるいは仲間と仲良く飛んでいるのかもしれない、という物語さえ想像できるだろう。このように、鑑賞者は寡黙な時の中で豊かな感情の誘発を楽しんでいる。観念的ではあるが、彼はこのことを指してインタラクティブな行為と言いたかったのであろう。
であるならば、鑑賞者の行為によって絵画が少しだけ動いたらどうなるだろうか?
インタラクティブ・ピクチャーズはこのような問いかけから制作を始めた。これは、プロジェクターにより投影された絵画の前に立つと、鑑賞者の鑑賞している位置に合わせて絵画の中のモチーフたちが(おそらくこう動くであろうと思われる動きで)反応する作品である。技術的発想は珍しいものではない。モーフィング(ワーピング)をつかってあらかじめ作っておいたアニメーションを位置検出プログラムによって得られた座標と重なった時に再生しているにすぎない。だから、むしろ陳腐といえる。ただ、人の眼はかなり贅沢な視覚的刺激に慣れていて、鑑賞に堪える映像を制作するとしたら、技術の新規性よりは細部の作りこみが有効となる。細部の作りこみのために、今回の3つの試作ではヨーロッパ・マニエリスム期の名画を素材にした。絵画自体の技巧的質が高く、比較的多くの鑑賞者に受け入れられ易いと考えたからである。理想的には、鑑賞者の行為は視線の検出が望ましいが、展示の実現可能性と鑑賞時の負担を避けるために鑑賞者の位置の検出を行っている。これは将来の検討課題と言えるだろう。いずれにせよ観ることを楽しんでもらうことがこの作品の狙いである。
この3つの試作を通して、来場者の絵画鑑賞の楽しみの一助になれば幸いである。

アーニョロ・ブロンズィーノ作
「ルクレツィア・パンチアティキの肖像」
1540年頃, 板・油彩, 102x85cm
フィレンツェ、ウフィツィ美術館蔵

ピーテル・ブリューゲル(父)作
「干し草の収穫」
1565年頃, 板・油彩, 117x161cm
チェコ、プラハ、国立美術館蔵

ピーテル・ブリューゲル(父)作
「雪中の狩人」
1565年, 板・油彩, 117x162cm
ウィーン、美術史美術館蔵
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資料は世界美術史大全集, vol.15, 小学館, 1996より引用しました。
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