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もしも芸術の役割のひとつが美しさを表現するものだとしたら「美しさとはなんでしょうか?」
美しさそのものの定義は恐らく多岐多様なものになるでしょう。物事を明確にする目的で私はここでは「自然の美しさ」を取り扱いたいと思います。
素晴らしい日没の夕焼けや複雑で魅力的な海岸に出会った時、ほとんどの人々はしばしそこに足を止めてその風景を長い間魅入っています。これは、人が自然の中に美しさを見出しているからでしょう。では何をもって美しいと感じているのでしょうか?もしもこれが芸術作品なら答えは明確です。それは作家の感性だからです。しかしながら、自然は人間の誰かが意図して美しく感じるように作ったというわけでもありません。にもかかわらず、どうして私達はそれを美しいと思うのでしょうか?
一つ私はこうだと思える答えを見つけています。それは「反射と共鳴」です。実のところ、自然界にある物体はすべて美しいものであるとは限りません。汚い物だってたくさんあります。しかし、そういったものすべて(汚いものでさえも)があのカリフォルニアのラ・ホヤの夕暮れように美しい風景を作り出すのには大切なものなのです。具体的には、そのような夕暮れを作っている物体には以下のようなものがあげられます;太陽、海、空…等。もしもその夕暮れが美しいのは太陽のせいだとした場合、私達はいつも太陽を美しいと思うでしょう。しかし、実際にはそうではありません。美しいと思うどころか真昼間には私達はまぶしさを避けるためにサングラスをかけます。ですので、太陽のせいではないでしょう。海や空、その他のすべてのものも同じです。以上の事から言うと美しい夕暮れを作り出している物はなにもないことになります。これはとても不思議な事でしょうか?当然そうではありません。美しい物体が風景の中にあるからその風景は美しいのではなくて、そのすべての物体がお互いに絶妙に反射し共鳴しているから美しくなるのです。あのとても表しきれない雲の色は大気に幾重にも通された太陽光線が雲と海の表面に反射して出来ているのです。
このように私達は単純な物体の複雑なつながりを美しいと感じているのです。これが自然界における美の本質です。私達はこれを「調和」と呼んでいます。驚くべき事に、数理学的にみればこれは単純な法則が繰り返し積み重なっていっているだけなのです。以上の事から私は美しさの基本的な構造を見つけ出す事が出来ると思ってます。
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